はじめに
おばんです。マクシミです。「今日、何してた?」
そう聞かれて、黙りこんじゃう日ってあるわよね。
なんにもしてない。むしろ、なにも“できなかった”。
でもね、それって、ほんとうに「ダメ」なことなのかしら?
私たち、つい「何かをしていないと価値がない」と思いがち。
でもあたしは声を大にして言いたいの。「生きてるだけで上等なのよ」って。
鬱の一日は、見えない戦いの連続
起きるのがツライ朝
アラームは鳴る。目は開く。でも、体が動かない。
「昨日よりマシかも…」って思ったのに、布団の中でずるずると時間が過ぎる。
そんな朝、あるあるよね?
世間的には「怠けてる」「甘えてる」って言われちゃうかもしれない。
でも違うの。これは心の体力がゼロに近い状態なのよ。
ごはんを食べるのも一苦労
食欲がない。でも、食べなきゃって分かってる。
冷蔵庫は開けた。でも何も作れない。コンビニすら行けない日もある。
結局、お菓子をかじって終わり。
それでもいいの。口にできた自分、えらい!
「何もできなかった日」の罪悪感
日が沈む頃、ようやく体が起きる。
スマホを見て、「今日も無駄にしちゃった…」って落ち込む。
「こんな自分、終わってる」って、もう涙も出ない。
でも、ちょっと待って。
その「何もできなかった日」も、あなたはちゃんと生き抜いたの。
酸素を吸って、心臓を動かして、生きてた。それだけで、あなたは立派よ。
「できなかった自分」を否定しないで
世の中は“成果主義”だけど、心には通用しない
仕事、家事、育児、勉強。
“やったこと”に点数がつく社会にいると、何もしてない日はゼロ点に見えちゃう。
でも、心はそんなルールで動いてないのよ。
むしろ、鬱のときに1ミリでも動けたら、それは100点満点。
動けなかった日も、ちゃんと存在してた。それが証なのよ。
自分を「他人の尺度」で測らない
Instagramには、キラキラした生活が並んでる。
YouTubeでは、早起きしてモーニングルーティンやってる人が山ほどいる。
でもそれ、「今のあなた」とは別世界の話。
自分を他人と比べて苦しくなるくらいなら、スマホを閉じて、
「今日、息してる私、よくやったわ」って言ってあげて。
「何もしなかった日」の中にも、小さな“やった”がある
- スマホの通知を開いた
- 好きな香りの柔軟剤で洗濯物を回した(できたら天才)
- 布団から出なかったけど、YouTubeで動物の動画を見た
- 鳥の鳴き声を「うるさい」じゃなくて「春ねぇ」って思えた
ね?ちゃんと、あなたの中には“生きてる証”があるのよ。
おわりに:今日、生きてるあなたへ贈る言葉
「今日は何もできなかった」
それは敗北じゃないわ。戦って、耐えて、今もここにいるって証よ。
あたしね、思うの。
“前に進む”って、歩くことだけじゃないのよ。
止まらないで生きてること、それ自体が「進んでる」ってこと。
明日もできないかもしれない。でもそれでもいい。
またここに来てくれたら、あたしが「よく来たわね」って抱きしめてあげるから。
次回は「SNSがしんどい人へ。距離のとり方、見方の変え方」を語るわよ。
SNS断ちができない子たちにこそ、読んでほしい内容なの。
それじゃまた、このカウンターで会いましょ。
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